person 59  作・堀愛子

二の腕の裏の筋肉、痛い。

昨日、妹の好きなロックバンドのライブについていった。この様です。

31歳。女。

塩っ気が強めのポテトを口に入れる。

指に着く塩を舐める、

大人ですけど。

分かってますとも、大人です。

隣の健も同じく、塩の着いた指を舐める。

さっきから私たちはなんでここに来たのか、

の話をひたすらやっている。

駅でばったり会って、

なんとなく、

私たちはいつでもそうだ。

健と私はたぶん、

そういう関係。そういう、どういう?

お互いの仕事の話とか、

恋愛の話とか、

そういうの、

話したりより、

昨日の夜出会ったお婆さんの話とか、

朝から床にへばりついたままのカエルの話とか、

そういうの、

そういうのばっかり。

高校生の頃から、

ずっと、

そういう、関係。

健はそこそこしそうな腕時計を

裾を曲げてちら見する。

「高そうだねそれ」

健は顔色を微妙に変えて、腕時計を手に入れた日のことについて話し始めた。

自慢気に話す健は分かりやすく声が高くなって、無駄に鼻を触る。

そういうの、

昔から可愛いよね。

ディナーに連れて行ってあげたらしい。

家族を。

かぞく。

健の家族と言ったら、白髪のお母さんしか知らない。

私の知らない、健の家族。

かぞく。

私もこんなに長くいたのに、

家族にはなれないね。いつまでも。

そりゃそうだ。

分かってますとも、大人です。

ひとり。

私たちは、ひとり。

いつのまにか。

時間の経ったポテトをくわえると、

私の姿勢のようにグニっと曲る。

いつのまにか、

というか、まあずっとそうだ。

まがっている。

姿勢といっしょに、私も。

大人ですもの。

分かってます。

勢いで腕を組んだら、

二の腕の裏の筋肉が全力で痛みを訴えてきた。

この様です。

光る薬指の指輪を横目に

私はそれを乾いた口の中で噛み殺した。


2019年2月7日

堀愛子

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