スーパーマーケット case 05  作・堀愛子

ぼくは見てしまった。

腰まで伸ばした長い髪の白い細い彼女のこと。

左斜め一直線、窓際の一番前の席。

伊藤さんは美人だと思う。彼女のことを初めて見た時、美人とはこの人のことを言うのだと確信した。

ぼくが伊藤さんと会話をしたのはたった一回。

黒板を見ると自然と視界に入ってくる彼女の後ろ姿はいつもピシッと伸びていて、たまに髪の毛を耳にかける仕草はぼくの授業の妨げになっている。

伊藤さんは美人だ。それはぼくだけが知っていることではない。クラスの男子全員、彼女の隣の席をどれだけ望んでいることか。

伊藤さんは笑わない。担任の先生の冗談にも、原田の給食の量にも。

ノート配りをする伊藤さんに「手伝うよ」と勇気を出して声をかけたが「いえ、大丈夫です」と愛想笑いも見せずにあっさり断られたことがある。

彼女は可愛くないと思う。

美人だけど、可愛くはない。きっと少し強い。彼女の印象はずっと最初から変わらないままだった。

でもぼくは見てしまった。

春休みの終わり。ぼくは見てしまった。

近所のスーパーマーケットのレジに並ぶ伊藤さんのことを。その日は数字同好会の備品の買い出しで、なんとなく明日のクラス替えのこと考えながらレジに並ぶところだった。

視界に入ってきた。それは伊藤さんだった。

隣のレジに伊藤さんが並んでいた。すぐに伊藤さんだと気付いてからはぼさぼさ髪のぼくはざわざわしていた。スーパーマーケットに伊藤さんが不似合いで余計ざわざわしていた。

彼女の私服はあまりにも想像通りのものだった。小麦色のさらっとしたワンピースに赤いサンダル。長い髪を束ねて店員さんに商品を渡しているところだった。

思わず固まってしまう。周りに不自然に思われない程度に隠れて彼女を見た。

伊藤さんは、こんにゃくゼリーと雑巾を真顔で店員さんに渡していた。

ぼくは見た。間違いない。あれは間違いなく伊藤さんで、間違いなくかごの中にこんにゃくゼリーと雑巾。

目を疑った。

ぼくが見てしまったのはこんにゃくゼリーと雑巾と髪を束ねた伊藤さん。

ぼくが想像した伊藤さんをかなりの勢いでぶち壊してきた伊藤さんはやっぱり強いと思った。

きっとこの後彼女と通りすがる人全員、あの細い指で持ち上げたビニール袋の中身が、こんにゃくゼリーと雑巾だなんて誰も想像できないだろう。

左斜め一直線、窓際の一番前の席。

視界に入る彼女のことをぼくは知っている。

ぼくしか知らない彼女のこと。

髪を束ねた彼女のこと。

クラス替え後に雑巾を回収する時間。彼女がカバンの中から新品の雑巾を取り出す。

ぼくには少し、彼女が可愛く見えていた。


2018年10月26日

堀 愛子

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