マジックペン case01 作・橋谷一滴
江口くん、ペン持っているだろうか。
もう多分日が暮れた。外は見えないからわかんないけど夕方から入ったカラオケで3杯目のメロンソーダがなくなる。
私はパンパンの通学バックからくしゃくしゃにならないように紙を取り出して、空っぽのメロンソーダカップの横に置いた。
私たちは毎日放課後カラオケに入る。
歌は、歌わない。
私たちというのは私と、江口くんのことで。なんというか恒例になってしまったなあ。
決して嫌なわけではないけれど。
「私ね、大学行こうと思う。」
と言ったのは勿論私で。
江口くんはほんの少しだけ黙って
「そっかー」
って言った。
多分。多分やけど高校を卒業した後に私たちはカラオケどころか会わなくなる。
と、江口くんは思ったと思う。
私も彼が
「そっかー」
って言った時おんなじことを思った。
別にずっと一緒にいるなんて思ってなかったけど離れるとも思っていなかったよなあ。
「江口くん。ペン持ってる?」
彼は中学校から同じボロボロの筆箱からペンをくれた。
マジックペンを。
私は江口くんの横で大学の願書を書く。
江口くんのくれた正式な書類には不向きのインクの滲むマジックペンで。
ねえ、知ってる?君との毎日は人に話すほど華やかではなかったけれど確かに私を前に突き動かしていた。
私は咄嗟にメロンソーダを取りに行くふりをして部屋を出た。
家に帰ったらもう一枚願書を書き直さなければ。
2018年11月5日
橋谷一滴
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