くつ下 case 01 作・橋谷一滴
今日、会社を休んだ。
特にこれといった理由はなかったけれど
朝、玄関から出られなかった。
ビルの合間を縫ってポートタワーが見える。
夕方になった。
風が部屋の中まで入ってきたので窓を閉めてカーテンも閉じる。
静まり返った部屋に一人で立っていると時計の秒針だけが際立って少し寂しい。
電気をつけてみたけれど余計にさみしくなっただけだった。
外に出たい。
弟はどこかの街でタワーの受付をやっているのだという。
どこの街だろうか。
聞いたことは無かった。
3年くらい前。
弟が泊まりにきたとき、
私は弟に洋服一式を貸した。
昔は、当たり前だが一緒に暮らしていたから
Tシャツも靴下も体操服も鉛筆も
見当たらないとき弟は私の引き出しやらクローゼットやらから何も断らず色々と引っ張り出していたのに
もう私は弟に「貸す」ようになったのだなと思った。
私は靴下を履く。
あの日弟に貸した靴下を。
後日ちゃんと洗って帰ってきたこの靴下には
私の知らない洗剤の匂いがくっついていて
私の知らない弟が少し見えて
あー、なんだか。
なんだかなあって
思って
深呼吸してみる。
電気のついていないこの部屋で、夕方に履くべきではなかった。
昨日塗ったペディキュアも見えなくなって、
足の先だけが冷たい。
テレビをつけて出かける。
帰ってきたら誰かがいる気がしませんか。
ポートタワーの近くのスーパーで何か買って、今日はご飯を作ろう。
明日はちゃんと会社に行こう
帰ったら久しぶりに弟に連絡を取ろう。
タワーが光っている
もう夜だ。
2018年11月19日
橋谷一滴
0コメント