マッチ箱 case 02  作・木庭美生

いつも通りやってきた今日、

いつも通りなのに母さんがちょっとはしゃいでるのは今日が僕の誕生日だから。

誕生日プレゼントを貰った。父さんが若い頃に着ていたコートらしい。

僕は高校生の時に父さんの背をぬかしていたから小さいだろうと思ってたけど意外と大きくて驚いた。母さんは喜んだ。若い頃の父さんにそっくりだと言われたけどあまりピンとこない。鏡でどんな具合か見てみながらコートのポケットに無造作に手をつっこんだ。

痛かった。何かで引っ掻いたみたいだ。予期せぬ痛みに驚いて痛みの犯人を取り出す。

古いマッチ箱。どこかの喫茶店のものみたいだった。喫茶店のマッチ箱なんてドラマなんかでしか見た事なかったからほんとにあるんだとちょっとわくわくした。

母さんに差し出すと不思議そうな顔をする。このマッチ箱は父さんが若い頃に通っていた喫茶店のマッチ箱らしい、クリーニングにも何度か出しているはずなのになんで入ってるのだろうと不思議そうな顔をしていた。

父さん。父さんが喫茶店に通っていたなんて信じられない。そんな洒落たことする人だったのかあの人。いまさら父さんの意外な一面を知る。僕の知らない父さん。マッチ箱にはサックスの絵と店の名前がプリントされている。僕の知らない喫茶店。

きっと若い頃の父さんの日常の中にこの喫茶店があったんだろう、と昔の父さんに思いを馳せる。最初は緊張しながら入ったのだろうか、喫茶店のマスターのような人はきっと美味しいコーヒーを出すのだろう。通ううちにマスターに顔を覚えてもらったりするのだろうか。僕の知らない父さん。僕の知らない喫茶店。僕の知らない世界。でも父さんの中ではそれが日常で、その中で父さんの世界は回っていたんだろう。僕の知らない世界が回っていたんだろう。

僕はなぜだか父さんが羨ましくなった。

コートのポケットにマッチ箱をしまって、ご機嫌にケーキにロウソクをさす母さんのところへ向かう。湿気ったマッチでは火は灯らなかった。

僕もどこか喫茶店を探してみようかな、と思えたちょっと特別な僕の誕生日。


2018年12月11日

木庭美生

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