自転車 case01  作・橋谷一滴

「この自転車さ、すぐタイヤの空気抜けるから」

年末に彼は無人島へと向かった。

最後に会ったのは12月の26日。

彼は持ち物の中で一番値段の高い自転車に片手間に乗りながら

「知ってた?最近の子供のままごとって電子マネー使うんだよ。」

ほんとか嘘か分からない話を

真面目な顔で話した後おんなじテンションで

無人島へ行く話をした。

私はまたほんとか嘘か分からない気分になった。

そしてわたしが冗談交じりに無人島に持っていくCDの話を持ちかけると

彼はまた真面目な顔で

ちゃんと悩んで答えるのだった。

彼の愛用自転車は共に無人島に行くことはなく

近所の駐輪場に止められている。

彼は自転車を駐輪場に止めた後、私に鍵を預けた。

「僕が帰ってくるまで使っていいよ。」

年が明けた。

私は家の鍵と彼の自転車の鍵を持って外に出る。

自転車に乗って海へ向かおう。

彼も海を見ていることだろう。

「この自転車さ、すぐタイヤの空気抜けるから」

駐輪場で彼の声が蘇る。

タイヤに空気を入れなくては。

もうすぐ彼が帰ってくる。


2019年5月13日

橋谷一滴

0コメント

  • 1000 / 1000