25mプール case 01 作・木庭美生
「ねえ、絶対おもしろいよ、明日やってみよ‼︎」
彼女はきっと、たぶん、頭が悪い。
なんというかとてもシンプルにバカだと言える人だと思う。
彼女と僕は、今、夜の学校に侵入している。
侵入したと言うかずっといた。学校が終わってからこの時間になるまでずっと。
よく先生たちにばれなかったなと思う、もっと校内の見回りとかしっかりするべきだろう。
学校のプール。彼女は足を入れてバシャバシャ遊ぶわけではない。意外にも手の先を少し水につけて小さく波をつくる。ふだん活発な彼女だからこの空間でも思い切り遊ぶのだと思っていた。だから意外だった。
「ねえ、ちゃんと聞いてた?明日やろうよ。わたしは必ず歩いてみせるよ、この25mを。」
「無理に決まってるだろ、ゼラチンで固めたくらいじゃプールは歩けないよ。」
「いいや、絶対歩けるね。それに無理かどうかはやってから決めようよ。ね。」
25mのプールの水を歩けるほど固めるなんて無茶だ。ゼラチンで固めるだなんて、ゼリーを固めるのとはわけが違う。ただの水じゃないし、なんか塩素とかも入ってるんだ、うまくいくわけがない。
「なんだよ、難しい顔しやがって。もっと面白く考えようよ。固めるのがダメなら凍らせてみよう。学校でスケートなんて楽しいな。」
「夏になればみんなが頑張って苦しい思いなんかしながらこの25mを必死に泳ぐんだ。それをわたしは滑ってしまう。すいすいと滑るんだ。みんなが泳ぐのを想像しながらね。きっととても楽しいぞ。今は冬だし、きっと簡単に凍るぞ。」
「やっぱり君はバカだな。凍らせるのだって無理だよ。もっと現実的に考えろよ。」
言葉がきつくなっただろうか。ふてくされてしまった彼女はまたパシャパシャと手で水と遊んでいる。
わかっている、僕が面白くないことは。彼女は夢を見るのがとても上手だ。僕と正反対に。
僕の夢は公務員。安定した仕事、安定した給料。普通に生きて普通に結婚なんかして、普通に年老いて死ぬ。僕の夢。全然面白くないだろうけど夢に面白さなんていらないだろ。
彼女は僕の夢を聞いて盛大に吹き出した。それはもう大笑いされた。なんて面白くない夢だと。彼女は夢の中で生きている。うらやましく思えるほどに綺麗な夢の中で。
うらやましい、たぶんそれが僕の気持ち。彼女と一緒にいる理由はたぶんそれだ。
正反対の僕が彼女と一緒にいる理由。面白くない僕が面白い彼女と一緒にいる理由。夢なんて持ってもしょうがないと思う僕が夢ばかりの彼女と一緒にいる理由。
彼女はバカだ。でもそれがうらやましいんだ僕は。僕も、バカになれるだろうか。
25m案外長いなと言いながらプールすれすれの位置をふらふら歩き始めた彼女と一緒にこの25mもあるプールの水を固める方法を考えてみようか。
夢見る彼女と夢を見るのが下手な僕。
2018年12月25日
木庭美生
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