25mプール case 03 作・堀愛子
「真冬にプールなんてまともじゃないね。」
まともってそもそもなんだろ。彼女は真っ赤になった鼻をすすりながら、静かに笑っていた。
僕たちは29歳になっていた。
僕のトラウマのような彼女を、こうやって母校のプールに連れてきた僕も僕だ。どうかと思う。
その日は初雪が降る日で、分かっていながら彼女の連絡先を開いた。
「ご無沙汰してます。清水」
それだけを送ったら、案の定、彼女から大量の文章が返ってきた。メールをするのも8年ぶりだった。
あのプールに成り行きで向かったことも、なんとなく仕方ない気がしている。
あの25mプールと開閉式の携帯電話は、嫌でも彼女の姿を連想させてしまう。
「清水君のそういう自分の嫌なところ隠してる感じ、好きだよ。」
25mを往復して水面から顔を出しては、はしゃいでいた彼女の言葉を思い出す。
僕は彼女が恐ろしかった。
そして、とっても好きだった。でも僕じゃない自分が見えそうで彼女の顔を見るのが怖かった。
中学の頃、彼女をそのまま避ける結果になるのだけれど、その時も真冬だった気がする。
雪が降っている中を、泣きながら自転車を漕いで帰った。
向き合えるようになったのは、機会をくれた成人式で、お互いに忘れていた。あんなに必死で本気だった僕たちも、あの頃のことを忘れていた。そのまま何もない日常に戻ればよかった。でもそれが僕にはできなかった。
恐ろしかった。
僕の、嫌いなかわいそうなところを好きでいてくれた彼女のことをもう少し知りたくなった。
勢いでメールした。
プールサイドに座って水面を指でなぞるだけの彼女を見て、僕はやめとけばよかったと思った。
2018年12月28日
堀愛子
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