person 51  作・堀愛子

丘まゆり。32歳。

携帯電話の通話履歴が彰の名前で

埋まってしまった。


彰は穏やかだった。

よく電話で口笛と一緒に

風の音を聴かせてくれた。

「こっちの風はうるさいよ」って。

風の音がするなんて、きっと静かな街だろう。なんて、ずっとそっちに行きたいって冗談抜きで思ってた。


電車に乗る。

その街に、着くまでに、

彰の好きだったロックバンドのマイナーな曲を選んでリピートした。


たったひとりのわたしの弟で、

笑うと

長めのえぐぼと細い目が印象に残る。


2年前までふたりで地元を離れて、

都会に住んでいた。

彰は空港に飛行機見てくるとかなんとか言って、それきり。

出かけたまま帰って来なかった。


結局、

一緒にいた時よりも長く、電話を繋いでは

顔の見えない彰を想像して話していた。


帰って来なよ

なんて言わずに、ただ話して

朝になって、また話して、

彰とわたしは、それを繰り返した。


彰の住んでる街は、

大きな家がぽつんぽつんと田んぼを挟んで

いくつもみえる。

駅に着く電車は、一時間に一本。


彰には会わなかった。

会えなかった。


この風がうるさい、静かな街で、

彰は過ごしてるんだね。

クリスマスには家に大げさなイルミネーションを飾ってあげる。

お正月には隣の家に挨拶しにいくね。


ふと吹いた冷たい風に、鼻をすすって

またわたしは都会に帰る。


2019年1月14日

堀愛子

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