貯金箱 case03 作・堀愛子
脱いだまま置きっ放しのTシャツ
つけたままのテレビ
共同のコンセント
物置きになりつつある部屋
お皿の端に寄せられたセロリ
些細な引っかかりが
いずれ大きくなって返ってくるということを
知らなかった。
積もり積もって、重なり合って、
許す許さないの間で揺れ続けて、
もう5年になる。
私は今だに
彼だけを見つめたことがない。
5年も同じ場所にいるのに、
「彼」よりも、「彼と私」を見てしまう。
窮屈だとかそういうわけでもないのに、
ふとした時に胸がいつも苦しくなることがある。
秘密にしていることがある。
5年も同じ場所にいるけれど、
私には彼に秘密があって、
これからも気付かれるまで、
打ち明ける予定はない。
長く続く秘訣とは、
相手のことを深く知りすぎないことだと
彼のTシャツをたたみながら思う。
彼は嘘をつくとき、
必ず左の手で襟を掴む。
見つけてしまった。
私は
そんなことを、
秘密で貯金する。
いつか、
どこかで蓋をあけるときは、
クローゼットも物置き部屋も
すっきりまとめて綺麗にして
キャリーバッグひとつでこの家を去るだろう。
通知が来た。
彼からだ。
画面を開く。
「話したいことがあるんだけど」
先を越されてしまった。
2019年6月14日
堀愛子
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